Russia · 5 Days · 8 Moments · May 2017

Dai's tour through Russia


30 May 2017

ロシア人は親切な部類に入ると思う。 店員のみなさん、英語ができるわけではないが、必要なことはしっかりと確認を取ってくれる。言葉ができず、確認にならないのが、たまに傷だが、そんなものは、言葉ができないこちらの問題なので、聞いてくれるだけ親切だと思う。 多くの国では、意思疎通の取れない客には適当にサービスされることが多い。 私は残念ながら、ニコニコしているタイプではないので、邪険に扱われることが多い。 ローカルの一食150円くらいの店ではないので、他の国と比べるのがいけないのかも知れないが、日本のハイクオリティなサービスを受けてきた身からしても、全く悪くない。むしろ、日本の機械的なサービスよりも心地良い。 近代的な音楽がかかる反面、伝統的な建物とのアンマッチがロシアがサンクトペテルブルク的と言えると思う。 美しくありながらも、肩肘を張らなくてもいい雰囲気を心地良く感じる。 東西冷戦の流れや、北方領土問題などから、強硬で価値観の合わないロシアというものは、ロシア国内には感じられなかった。(とは言え、北方領土は返して欲しい。) 現地で生きるロシア人から取ってみれば、プーチンの政策は政治というテレビの中で起きる、他人事なのかも知れない。 ロシアの人はしかめっ面で、寂しそうな顔をしている人ばかりだと思っていたが、いい意味で裏切られた。 仕事には熱心だし、親切だ。 好奇心旺盛だし、偏見は持たない方だと自分自身のことを思っていたが、案外多くの思い込みに囲い込まれていたと驚いた。

29 May 2017

遅めの昼ごはんをクラヴィー大聖堂の近くで食べる。 ロシアでは良く見かけるイタリアンのお店でチーズをたっぷりと載せたピザを食べる。 食後はデザートを食べて、体を暖めた後、旅の続きへ再出発する。
スパーズ ナ クラヴィー大聖堂は、古代風なロシア正教の教会。 四方(天井も入れると5方)が聖書を題材としたモザイク画で装飾されている。 金色が多く多様されたモザイク画が多く、教会は荘厳と言うより、豪華と言ったほうが似合う。 一つ一つの絵を見ていると、大変な時間がかかってしまう。しかし、それ以上に首が痛くなってくる。 ちなみにだが、皇帝のアレクサンドル2世が暗殺された場所でもあり、床は当時のままである。 別名を血の上の救世主教会とも言われている。 日本語での音声ガイドも200ルーブルで借りられる。
ロシアには東欧諸国の料理も多く集まる。 本日はお昼から、グリーンビールで乾杯!! ビールとグリーンキュラソーを混ぜ合わせた飲み物は、甘くお酒に弱い人でも飲みやすい。 テラス席に座りながら、街の雰囲気をおつまみにゆっくり味わってみてはいかがか。

27 May 2017

伝統的なロシア料理を堪能。ボルシチやウォッカなどで、乾杯。 生ライブでのロシア民謡を楽しむ。アコーディオンやバラライカの音楽に包まれる。 日本にいるとアメリカのポップや洋楽ばかりだが、カントリー調の音楽は言葉がわからなくても楽しめる。 周りを見渡せば、木材と花柄の刺繍の入った布でできていて、暖かい雰囲気。 一階には質のいいロシアのお土産が並ぶ。
夏の宮殿であるエカテリーナ宮殿に到着。サンクトペテルブルク市内から25キロ離れたところに位置し、平和な丘を越えたところにある。 1725年から2年間在位したエカチェリーナ皇帝から名前が取られている。 1741年にエリザベータがロココ調での再建築を命じ、今の形となる。 建物は広く、国内外の貴族や外交官を喜ばせるよう優雅な雰囲気である。 ロシア帝国のが栄えた時代を反映している。 独ソ戦争がはじまると、この宮殿は戦争に巻き込まれることとなる。ドイツ軍が制圧をし、様々な美術品を持ち帰り、または破壊してしまった。 宮殿の周りには、ドイツ兵はの慰霊モニュメントがあったり、18世紀から20世紀半ばまでのロシアを知ることができる。 入り口を入ると、日本や中国からの陶磁器が、並べられている。同時に天気を表す時計があるが、残念ながら第二次世界大戦の時から止まっている。 宮殿の中には900のローソクがある。是非、一度立ち止まり900のローソクからの灯りを想像して欲しい。200年前の人達が豪華な食事を楽しんでいる様子が目に浮かぶ。 ただでさえ、豪華な宮殿だが、修復はまだ半分も終わっていないそうだ。これから、数十年かけて修復をしていく。 自分が生きている間に、修復が終わることを期待してやまない。 更に、未だに見つかっていない遺産が多くの、毎年のように調度品が見つかっている。 豪華な室内の中でも一際目を引くのが、エカテリーナ宮殿で最も有名なものは、琥珀の間である。実物は第二次世界大戦時にドイツに持って帰られてしまったそうだが、それでいても美しい。 室内全体がオレンジ色の琥珀で彩られている。花の模様や、王家の紋章が所狭しと琥珀で再現されている。 個人的に最も感動したものは、琥珀の間の中に飾られている絵だ。輝く薄いオレンジ色の琥珀の壁に掛けられている絵は、一見なんの変哲もないただの絵だ。 ただ、よくよく見てみると、琥珀はパールで精巧につくられたモザイク画である。継ぎ目が細かいことと、パールの光の反射で分かりづらいが、気付いた時の感動は一際なものだ。 琥珀の間をハイライトに、小さな個室には様々な皇帝の私物がならぶ、美術館になる。 アレキサンドロスがナポレオンから送られたピストルのセットが、アレキサンドロス皇帝の寝室に飾られている。

26 May 2017

冬宮殿に到着 1905年に農民達が集まり、生活向上をニコラス2世ひ訴えた土地。後の共産革命につながることとなる。冷戦につながる革命的な現場である。現在、血の日曜日事件と知られる。 請願活動には、劣勢となった日露戦争の早急終了を請願するものでもあったので、日本人と無関係ではない。 平和的な行進運動だったが、一般人が多数殺される悲劇が起きた場所である。 現在のサンクトペテルブルクを見ると、豊かになったように見える。亡くなった方も平和で裕福なロシアを夢見ていたのだと思うと胸が痛い。 現在は有名な観光地として残っている。 何度もの大火事から奇跡的に残り、当時の趣きを残した豪華な城には、何台ものロシア皇帝によって集められた美術品が多く並ぶ。 一際、目を引くのはレオナルド ダビンチの作品だ。多くの人が集まっているので、直ぐにわかるはずだ。 立派なルネサンス時代からの作品群と、ロココ調の室内は、冷えて硬くなった体を温めてくれる。 個人的には、100年以上前の世界史の主役達が生活していた場所だと思うと、興奮が止まらない。中世的な支配から、革命の時代への移り変わり、つまり、人々の夢と決幕に想像を膨らましてほしい。
サンクトペテルブルクについて、早朝から市内を走る運河沿いにランニング。雲ひとつない青空で、少し肌寒いくらいの風が心地いい。 タイとの温度差で苦しむかと思ったが、歩き始めると少し汗ばむくらいで、むしろTシャツ一枚くらいで良かったように思うの。 街中にはコーヒーやタバコを手に持ちながら、出勤のためか歩く人で溢れかえっている。 日本の通勤風景は、多くの人が一人で黙々と歩く光景が思い出されるが、サンクトペテルブルクは複数の人たちが会話をしながら歩く。 もしかしたら、通勤じゃないのかなと思いながら、街を観察しながら歩く。 サンクトペテルブルクの朝は早い。7時にも関わらず、多くのカフェでは若い店員がせかせかと働く。 決してニコニコしているわけではないが、仕事には真面目な様子。 運河沿いには老若男女問わず、散歩をしている人がいる。 都市部にも関わらず、老人が多いところを見ると、サンクトペテルブルク市内に住んでいる人も多いのだろう。 騒がしすぎることもなく、静かすぎることもなく。都市すぎることもなければ、田舎すぎることもない。 バランスに優れた、オールマイティな街だと感じる。 冷戦の影響から、日本ではニュートラルなロシアを知ることが難しい。少し遅れた国というイメージを持つ人も多い。 何をしなくても、を踏み入れるだけで、今までのロシアがプロパガンダの影響だったと気付くことができるだろう。